コロナ禍を忘れない

長かった緊急事態宣言が解除されて早2週間が経ちました。
2か月前の感染爆発が嘘のように、日本国内における新規感染者数は落ち着き、事態は終息に向かっています。

ことぶき協働スペースも5月27日の再開直後こそ閑散としていましたが、
この2週間で徐々に利用者が戻ってきてくれました。

寿町に以前の風景が戻りつつあります。
今回は、そんな景色を眺めながら感じること、思うことを徒然なるままに書き綴りたいと思います。

4か月前を振り返る

「中国で新型ウイルスによる初の死者」。
後に世界で40万人以上の死者を出すコロナパンデミックは、誰も気に留めないようなたった10秒のニュースから始まりました。
それから暫くもしない内に、武漢市から帰国した方が感染していたとか、
武漢市にいる日本人をチャーター便で緊急帰国させるとか、報道がにわかにザワザワしはじめました。
それでも私を含めほとんどの日本人は、感染は水際で阻止されるものと信じていました。

日本におけるコロナの驚異が現実となったのは2月3日。
豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に入港した時でした。

ダイヤモンド・プリンセス号公式ウェブサイトより

武漢市でコロナが猛威を奮っていることは知ってはいても、心のどこかで対岸の火事という甘えがありました。
2002年のSARS、2015年のMARSが日本にほとんど影響しなかったことも、日本人の無関心を助長したかもしれません。

ところが私たちの住み暮らす横浜に突然、未知のウイルスがやってきたのです。
船の着岸を許可する、しないで随分揉めていたのを覚えています。
時を同じくして、韓国では新興宗教団体の集会を引き金に、各地でクラスターが発生する事態になっていました。

こうして東アジアの一部地域が混乱に陥っているにもかかわらず、某事務局長は「パンデミックではない」と言い放ち、某大統領は「我々はコントロールできている」と楽観視し、日中韓の対応を好き勝手に非難していました。

今思えば的外れ・勘違いもいいところですが、当時はまだまだ世界中がコロナの驚異を過小評価し、
少し重いインフルエンザ程度と高を括っていました。

世界的なパンデミックへ

3月に入ると突如、感染の中心地は欧州に移ります。
東アジアとは比べ物にならない勢いで感染が拡大し、重症化する方や亡くなる方が後を断たず、
世界は弥が上にもコロナの破壊力を認めざるを得なくなりました。

3月時点では特にイタリアが悲惨でした。
医療体制は崩壊し、病院内の廊下にも遺体が放置される異様な光景。
死者の火葬が追い付かず、体育館に安置された多数の遺体···

その後、流行の中心地はイタリア→スペイン→ドイツ→フランス→ロシアと移り替わり、これまでに欧州全体で約18万人もの方がコロナで命を落としています。(6月9日現在)

遅れて北米でも感染爆発が起こります。
コントロールできていると発言した人の国は、あっという間に世界最多の感染者と死者を出すに至りました。

アメリカ合衆国の感染者数は197万人、死亡者数は約11万人にも上り、いずれも世界最多です。(6月9日現在)

そんな欧米の惨状を知ってなお、またも対岸の火事を決め込む日本人のなんと多いことか。
海の向こうの出来事に無関心なのは、島国に育った日本人の性なのでしょうか。

緊急事態宣言発令~解除まで

3月末、国民的コメディアンがコロナで亡くなりました。
それと前後して某大学教授が「日本でも人との接触を8割削減しなければ、最大40万人が死亡する」と警鐘を鳴らしたことで、ようやく日本でも危機感の高まりが見えはじめました。

国内の新規感染者数が右肩上がりに増加を続ける4月7日、
我が国で初めての緊急事態宣言が発出。
日本中が一致団結してコロナと戦う決意を固めたのでした。

緊急事態宣言および外出自粛要請の効果かどうかは分かりませんが、その後新規感染者数は順調に減少します。

出展:Yahoo!Japan新型コロナウイルス感染症まとめ

幸い、日本では欧米のようなパンデミックは起きませんでした。
しかし緊張感の緩みと長引く自粛要請は、日本中を自粛疲れムードに包み込みます。
次第に国民のストレスは、行政批判や「8割おじさん」批判へと向かうようになりました。

先手を打って何も起きないと「やり過ぎ」と叩かれ、
後手に回って何かが起こると「なぜもっと早く対策しなかったのか」と叩かれるのですから、政策は難しい。

個人的には物事を過小評価して大惨事を招くよりは、過大評価して肩透かしを食らった方がマシだと思うのですが、いかがでしょうか。
自粛要請により大きな打撃を受けた飲食や興行業界の方々はやはり「やり過ぎだ」と言うでしょうか。

そして5月27日、約2か月間に及んだ緊急事態宣言は全国的に解除されました。

寿地区で起きた奇跡

ところ変わって横浜市寿地区。

日本中で約1万7000人、横浜市だけでも1300人余りのコロナ陽性者が報告されたにもかかわらず、寿地区ではひとりの感染者もおられませんでした。

寿地区についておさらいしますと、寿町を中心とする200m×300mの区画に、120を超える簡易宿泊所が林立し、約6000人の方が暮らす超過密地域です。
また人口の55%が65歳以上という超高齢地域でもあります。

Google Earthで見る寿地区

簡易宿泊所では基本的にシャワー、トイレ、台所等が共用となっています。


また超高齢地域ということで、デイサービス等に通所して集団生活を送っている方も多数いらっしゃいますし、
介護ヘルパーやケアマネージャーが複数の住民のお部屋を訪問して回っておられます。

人と人の接触が避けられない町。
そんな寿地区でクラスターが発生すれば、横浜市全域の医療崩壊を引き起こしかねないと危惧されていました。

ところが蓋を開けてみれば、寿地区ではクラスターどころかひとりの陽性者も出なかった。
この現実を、長年にわたって寿地区の住民の健康を支えてきた診療所の医師は「奇跡的」だとおっしゃいました。
もちろん診療所や、介護福祉従事者が感染防止に努めた結果ではありますが、運に恵まれたところは大きいと思います。

喉元過ぎて熱さを忘れる?

しかし奇跡はいつまでも続きません。
来るべき第2波、第3波が備えて、奇跡に頼らない感染防止策を考える必要があります。

ところが世間(少なくとも国内)では早くもコロナが過去のものになりつつある風潮に、私は違和感を超えて焦りすら感じます。
あれだけアフターコロナだウィズコロナだと言っていたのに、僅か2週間で国民の意識はすっかりビフォーコロナに戻ってはいまいか。

もちろん日常を取り戻すことは大切です。
再開した経済活動を応援することも必要です。
しかしそれと同じくらい、コロナ禍から目を逸らさないことです。

そうでなければこのコロナ禍に命を落とした方々、事業や店を諦めた方々、仕事や生活を失った方々…そうした人たちの無念はすべて無意味なものになってしまう。

先のコロナ禍から学ぶのか、何も学ばず混乱と悲しみを繰り返すのか。
コロナが落ち着きを見せている今こそ、未来を変える意志と行動が求められています。

世界に目を向けてください。
コロナ禍はまだ終わったわけではないのです。

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