ノンフィクション・ライター 三山喬さんのお話を聞く

 先月、11月11日にノンフィクション・ライター三山喬(たかし)さんのお話をスタッフ研修の一環として伺いました。

写真中央:三山喬さん。スタッフと記念に。
写真中央:三山喬さん。スタッフと記念に。

 
 三山さんは、元朝日新聞社の記者で、新聞社退社後はフリーランスのライターとして、南米ペルーで数年を過ごしました。そして帰国後に、朝日新聞社の読者歌壇に突然登場して1年足らずで消えた幻の歌人・公田耕一(くでんこういち)を探し求める取材を寿のまちやその周辺で精力的に続けました。それをまとめたのがノンフィクション作品「ホームレス歌人のいた冬」(文芸春秋刊)です。この作品は、単に公田耕一という幻の歌人を探すという謎解きだけでなく、その過程で巡り合った多くの人々とその証言から浮かび上がってくる歴史や世相、さらには生きることへの思いを丁寧にすくい上げている点で注目を集めました。のちに文庫化もされています。



 さて三山さんのお話は、質問があったらお話の途中でもOK、とのご意向をいただき、スタッフからは遠慮なく(?)質問が飛び出して、さながら質疑応答研修会のような様相でした。三山さんも私たちからの質問を楽しんでおられたご様子です。

ざっくばらんに質問しながら進めていきました
ざっくばらんに質問しながら進めていきました


 三山さんは寿のまちでの取材を始めるとき、もしかしたら肝心の公田耕一にはたどり着けないかもしれない、との思いがあったそうです。ただし見つからなかったとしても、それは成果を出せなかったことにはならない。取材過程で知り合った多くの人たちと、その言葉から洞察し得た人生や価値観、生きることへの思い、そんなものをしっかり自分のペンで発信していくこと、そのこと自体がライターとしての自分が果たすべき役割なのだとの思いが終始一貫、胸の中にあったそうです。三山さんはそんなメッセージを私たちに伝えたかったのではないでしょうか。ノンフィクションというと、単に事象を詳細に追うこと、という考えが私たちの中にあるのですが、もしかしたらこうしたライターの心根を事実として記述することに載せて、発信することが大事なのかもしれません。

 ところで作品の主たる舞台となった寿のまちには、日ごろ私たちが仕事や交流を通じて知り合った多くの人たちがいて、その中の何人かが作品に登場してきます。さまざまな方々と言葉を交わしていますが、こうして作品中で伝えられてくる言葉を目にしていると、改めてこれまで私たちなりに理解していたつもりの皆さんの言葉や価値観が新鮮に迫ってきます。人探しの対話の中で、ほじくっちゃいけないと怒る人、結局見つけられてないじゃないかと怒る人、どっちでもいいという人等々、周囲の意見はさまざまだったそうです。


『ホームレス歌人のいた冬』三山喬 著
『ホームレス歌人のいた冬』三山喬 著


  三山さんが寿地区を取材されたのは、リーマンショック後の時勢で年越し派遣村が設置された年。「ホームレス歌人」の優れた短歌作品は、生きることの厳しさを読者に問いかけるとともに、その人を尋ねて交差する人間模様から、寿地区にたどり着く人々の多様な背景や、人と人とのつながりのあり方を世の中に伝える効果を生み出しました。取材当時は現在のように「自己責任」に転嫁しない優しさがまだあった時代だと語る三山さんは、高齢者が多数の寿地区でこれから私たちにできることはなにかに関心を示され、ご自身が体験された南米ペルーでの人々の居場所づくりの話題にも花が咲きました。
 今すぐにできることは限られていますが、三山さんから教わった「人間は語りたい生き物」という観点を大切にすることで見えてくるものがあると感じました。このまちに暮らす人々が語りや交流を楽しむ場をつくれるよう、これからも地域との信頼関係を築いていきたいと思います。