「年を超えて貫く私たちの信念について」 新年を迎えて思うこと

強い寒気に包まれ、西暦2021年がスタートした。

先の見えにくい時代、あげればきりのない困難な問題が山積している。2020年は顕著に日本の政治が迷走した感を否めない。統治に関わる人々の理知や責任が問われ続けたが、ますます厚顔へ無恥への度が増したように思う。誰もが重たい荷物を担い、道に迷うのが世の常であっても、自浄機能を排した組織は迷走と腐敗の一途をたどりかねない。

一方で、官民それぞれの立場で社会的使命を旨とし、あるいは身近な生活者の視点で、今を懸命に生きる人々が世の中を支えている。私が今日この日を生きられるのは、感謝してもしきれない多くの人の支えがあるからに他ならない。コロナ禍に対応する過酷な現場では、命を救い暮らしを支える献身的な努力が続いている。医療者や介護者、多職種で働く人々、また多くの自治体や企業の奮闘が地域や社会を成り立たせている。この力は、自己保身の発想ではなく、連携や協働による共生を目指し、異なる価値観を包摂して生まれるもの。答えを見出しにくい状況下でも、共に創る未来への大切な一歩になると思う。

年が改まるとき、「去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの」という虚子の句を思い出す。

時は一刻も止まることなく、今この瞬間も過去に迎えられ年月が刻まれる。淀みなく流れゆく日常は一本の「棒の如きもの」で貫かれているという。それは今を生きる一人一人を支える「揺るがぬ信念」と解釈できるかもしれない。

寿地区の人々との出会いは、まさに、「揺るがぬ信念」の尊さ、重さを私に教えてくれた。社会からの孤立に耐える人々には生きる強さがある。辛苦の状況から脱する道を共に考えようと寄り添う人々には、誰も排除しない共生社会への強い思いがある。年越しの無事を願って寒さに凍える人に声をかけ、医療や暮らしの相談に対応し、炊き出しを行う活動は、この年末年始を数え、寿地区で47年継続されている。

未来を展望するには、過去に学ばねばならない。ことぶき協働スペースが大切にしているアーカイブ機能は、共生社会への「揺るがぬ信念」で貫かれた人々の軌跡をたどり、これからの社会づくりに向けた当事者意識を高め合う意図がある。図書や記録をとおして、多くの人に貫かれた「揺るがぬ信念」に出会うことができる。私は今、野本三吉が記した生活者の感性の記録に学び、登場する寿の人々や著者自身との精神対話・問いの共有に心を動かされている。そこにも「去年今年」を貫き共に温め続けたいもの、私たちがめざす「協働」の原点があると感じている。

年明け早々の「緊急事態宣言」下、日常が成り立ちにくい困難の中で私たちにできること、それは自らの行動を他者への思いやりの視点で今一度問い直すことも含まれる。この社会をつくる主権者は市民一人一人。自治と連帯の担い手として身近な暮らしを共に支え合い、感謝を分かち合う1年としたい。西暦の紀元にキリストが説いたように、人には「地の塩」なる存在価値がある。コロナだけでなく、気候の変動も政権の迷走も私たち自身の参加と協働の意思が問われる社会的危機である。困難に対してあきらめることなく「地の塩」として社会の劣化を防ぎ、持続可能な未来をめざしていきたいと思う。