寿地区で働く女性にお話を聴かせていただきました ~内海亜希子さん(なかサービス)~

     

男性が多い寿地区。ですが、働いている人々は女性が多い印象を受けます。福祉のまちと呼ばれるようになった現在では訪問介護員、飲食店やスーパーの店員、病院や福祉作業所や公共施設の職員などさまざまな人々が働いておられます。寿地区で働く女性たちに話を聴くことで、新たな視点で見えてくる“寿のまち”があるのではないか?女性の視点から語られることが少ないこのまちで根を張り、時に厳しく時に温かく地道に関係性を築き上げている女性たちを皆さんにご紹介したいと思います。

   

  

訪問介護なかサービスの管理者である内海 亜希子(うつみ あきこ)さんにインタビューさせていただきました。

内海さんは福祉のまちと呼ばれているこの地区になくてはならない訪問介護の仕事に長年携わってきた方です。

  

  

―――働き始めたきっかけは何ですか?

老人ホームで勤務していた際に、母が訪問介護員(以下ヘルパー)の求人チラシを持ってきたのです。 

それから17年間、ずっと地区内で働いています。

  

  

―――仕事内容について教えてください

最初は福祉サービス協会でお世話になりましたが、一緒に働いていたヘルパー4名と7年前に合同会社フラットなかサービスをスタートさせ、現在はヘルパー8名で活動しています。

利用者様宅を訪問し、清拭・服薬介助・排泄介助・通院介助等の身体介護や、買い物・掃除・洗濯等の生活援助を行っています。

以前の職場の老人ホームでは一日中施設内にいたのですが、今は仕事中に買い物や病院付き添い等で外に出ることも多いです。

最初は 女性1人だと危険だという事で2人1チームになって働いていましたが、時間が経つにつれ福祉のまちと呼ばれるようになって事業所も増え、1人での業務に移行していきました。

  

   

―――17年間を振り返ってどう変化しましたか?

働き始めた頃は危険で悪臭が酷かったです。

ビール瓶を振り回しながら入って来ようとする人が居たり、ペットボトルを投げつけられたり、新規の利用者さんが関西で指名手配されていることが発覚してそのまま終了したという事もありました。 

利用者さんがトイレではなく部屋の中で排泄を繰り返し、床が傷んでしまって介助中に床が抜けたりもしました。

当時は若い女性が珍しく、20代だった私はあまり目立たないようにと上司から注意され、地味な色の体のラインが出ないような男性用の服を着るようになりました。

驚くことが毎日のように起こるので楽しくて、いつの間にかハマってしまいました。

今は全体的にキレイになって、高齢化して福祉のまちとなり、危険を感じることはほとんど無いです。  

  

   

―――心に残っているエピソードはありますか?

働き始めてすぐの頃、訪問しても「もう帰っていい。」と素っ気ない態度の利用者さんを担当しました。やる事全てにダメ出ししてくるような方でしたが、毎週訪問するうちに少しずつ心を開いてくれて笑顔を見せてくれるようになったのです。

でも、ある日体調を崩して入院されてしまい、ヘルパーはお見舞い禁止なのですが、どうしても気になって一緒に担当していたヘルパーと2人でお見舞いに行きました。

痩せてやつれた様子でしたが、私たちの顔を見ると「何度も入院しているが、お見舞いに人が来てくれたのは初めてだ。」と泣いて喜んでくださいました。

そして、その方は私たちにお金をくれようとしたのです、おそらく、どうやって感謝していいのか、御礼を伝えたら良いのか分からなかったのだと思います。

私たちは「もらえない、もらえない」と逃げるように帰ったのですが、その後亡くなられたと聞いた時は逃げるように帰ってしまってきちんとお別れを言えなかったことをとても後悔しました。でも喜んでくれたことは本当に嬉しかったです。

利用者さんはどう優しくしたらいいか分からないだけで、口は悪いけど優しい方が多いですよ。

 

  

―――孤独死や縁についてどう思いますか?

多くはありませんが看取る機会があります。ちょうどヘルパーが入っている時に看取れた時は良かったなと思います、先生や帳場さんも来て皆で看取れるので。 

でも、なかなかそうタイミング良くはいかないです、訪ねてみたら亡くなっていた、という何度か事もありました。 

家族がいない人もいますし、縁が薄い人もいますが、それでも自由な人が多いと思います、最期まで自由を謳歌して生きた人たちが頭に浮かぶし、それはそれで良かったのではないかと思うこともあります。

 

  

―――仕事のやりがいについて教えてください

「迅速・丁寧・思いやり」を心掛けながら活動しています。

要介護5で医者からも手の施しようがないと言われていた利用者さんがいて、その方はギターを弾くのが好きだったのですが、ヘルパーさんがウクレレを教えてと頼んだら、その方はウクレレを買って練習してどんどん上達していきました。 

そのヘルパーさんに褒められたいという一心で、今では弾き語りをしながらモノマネを披露するまでに元気になられた。たぶん次はもう要介護5ではなくなるかもしれません。ヘルパーの存在が生き甲斐になるのだなと思いましたし、人との関わりの大切さを実感した出来事でした。 

  

  

 

   

―――まちとの関わりについてどう感じていますか?

 名前も知らないし、話したことも無いけど、道ですれ違った時に「ねえちゃん!今日も一日頑張れよ!応援してるぞ!」と缶ビール片手に毎日のように応援してくれる人がいて、私も“よしっ!頑張るぞ!”という気持ちになって、その人がいない日は何だか物足りなく感じるくらいです。

利用者さんも協力的な方が多く、怒鳴ったり嫌な事をされたりした経験は無いです。

周りの方々も親切な方が多いです、帳場さん達も優しくてお世話になっていますし、寿のまちは他事業所や帳場さんなど連携が大切で一体感があると思います。

いつも周りの方に助けていただいています。 

   

    

寿のまちについて語ってくれた内海さんは始終笑顔で、本当にこのまちがお好きなのだなぁと感じさせてくれました。まち全体と関わりながら仕事をしているのがヘルパーの皆さんなのだと思います。利用者である住民の方、帳場さん、病院、他の事業者やスーパーまで、一丸となって福祉の町としての機能を担っているのでしょう。

内海さんのお話にもあったように、縁が薄い方も多い寿地区では、定期的に訪問してくれるヘルパーの皆さんの存在が嬉しいと思っている方も多いのではないでしょうか。その方たちに寄り添いながら、仕事という枠組みを超えたコミュニケーションを取るヘルパーとしての関わりを私は温かいと感じます。

たくさんの想いが詰まった貴重なお話を聴かせていただき、本当にありがとうございました!