【EVENT REPORT】「トークセッション:路上で生きるということ」開催しました!

 2月27日、「ことぶき協働フォーラム2021」のプレ・イベントととして「トークセッション:路上で生きるということ」を、YouTubeライブで配信する形で開催しました。


 寿地区を拠点に路上生活者とともに歩んでこられた方をゲストに迎え、「路上生活」を選ばざるを得ない人々の背景や、私たち市民の意識について「共に生きる」視点から社会の本質的な問題を考えるトークセッションです。

この配信の様子は、YouTubeに保存されていますので、いつでもご覧いただけます。
→ 2/27の配信

 

ゲスト紹介

◆近藤  昇
(寿日雇労働者組合)
寿地区に来て35年。1970年代の大不況の中、多くの日雇い労働者が仕事を失い生きる権利を奪われた。75年結成の「寿日雇労働者組合」は、賃金不払いや労災事故のもみ消しなどの労働相談を年間100件以上対応。現在も寿地区町内会館一室に拠点を置く。また、「寿炊き出しの会」や「横浜水曜パトロールの会」の事務方として生活困窮者支援に取り組むほか、住民の高齢化に対応し、寿高齢者ふれあいホーム「木楽な家」では運営副委員長を務める。

◆櫻井 武麿
(木曜パトロール市民の会代表)
1983年横浜で起きた中学生を含む少年10人によるホームレス襲撃事件をきっかけとして、35年にわたり路上生活者支援に携わる。食品会社の研究者を務めつつ寿町の教会に通い、越冬支援を手伝うなど手探りの中、事件を二度と繰り返さぬようにとの強い思いから、週に1度、路上で暮らす人に声をかけ、話を聴く活動を開始。また、ホームレスの自立につながる「ビッグイシュー」販売活動を仲介し、就労支援につないでいる。

◆高沢 幸男
(寿支援者交流会事務局長)
1990年夏(大学1年生)より寿町に関わるようになる。92年12月28日に横浜駅で駅員による野宿生活者排除を目撃。定期的な支援の重要性を痛感。翌93年1月に「寿や路上と市民社会をつなぐゆるやかなネットワーク」として設立された寿支援者交流会の結成に参加。現在も野宿生活者の訪問活動を継続中。野宿経験者などの個人史聞き取りを20年以上に渡って行っている。また、寿地区内の様々な団体で構成する寿越冬闘争実行委員会や寿夏祭り実行委員会の事務局長も務めている。

 

 今回のトークセッションのテーマ「路上で生きるということ」を、私たちはどのように想像するでしょうか。いのちのこと、健康のこと、生きづらさ、人との関わり方、社会のあり方など、様々な問いを投げかけるものです。
 ゲストのお三方は、路上で生きる、路上で暮らす人に声をかけ、また、その声を聴く活動を30年以上にわたり続けてこられた方です。社会情勢の変化、経済や政策の変化、人の移り変わり、高齢化など、世の中の変化の中で一貫して継続してきた現場の声を聴き、現場の状況を見てこられた立場から、お話を伺い、「活動への思い「大切にしておられること」「活動の背景にある社会の状況」などを語っていただきました。


 
 

前半 ~ 自己紹介とご自身の想い ~

近藤 昇さん

 寿町に来て35年、寿日雇労働者組合の一員として、日雇い労働者が直面する様々な問題に対峙してきた。また、全国の日雇労働者協議会の横浜支部で活動している。相談の内容は時代とともに変化している。バブル経済の頃は、劣悪な環境下で働いているという相談が多く、バブル経済崩壊時は賃金の未払いや労災認定を行ってくれないといった相談が多かった。今では状況が変わり、不況と共に日雇の仕事も減り、同時に高齢化が進行した。高齢でなおかつお金も無く、仕方なく路上で寝泊まりせざるを得ない方が多くおられ、路上生活者への声かけを行う支援が必要となり、夜間の路上パトロール活動を行ってきた。

 1993年12月からは、生活困窮者支援として炊き出し活動を行っている。当時、炊き出しは全く行われておらず、開始にあたり様々な批判を受けた。怠け者がもっと怠け者になるのではないかという意見を受けたこともあるが、炊き出しは週に1回のみ、一日の食事が炊き出しで受け取るおじや一杯だけという方もいる。それ以外の週6日は、仕事を探す、寝る場所を探す、食事を確保するなど怠ける暇などない。
 路上生活を選ばざるを得ない人は経済難民であり、社会構造の問題、個人の問題であると考えている人が多いがそれは違う。路上で寝転んでいる人を怠けものだという世間の認識は大きな間違い。当初は炊き出しがこんなに長く続くとは思ってもいなかった。それほど今現在になってもなお支援が必要な人が居なくならないということ。今後、炊き出しのような緊急支援がなくなるような社会になれればいいと心から思う。


櫻井 武麿さん

 現在は木曜パトロール市民の会代表をしている。支援活動を始めたきっかけは、1983年に横浜市に起きたホームレス襲撃事件だが、初めの動機は不純。当時食品会社の研究所に勤めており、公害問題の対策や学会での論文発表などでフラストレーションが重なり、仕事の息抜きとして捉えていた。

 ある日、傷痍軍人が物乞いをしている場面に出くわし、日本は経済の成長にある一方で、路上でそのような生活をしている人がいたということがショックで、路上パトロールへの参加につながった。路上の状態を全然知らない中、実際に路上の人の声を聞くということに重点を置いていたが、彼らと話すことが如何に大変かと思い知った。路上で暮らしている方々の気持ち・現状に対して耳を傾けて聴き続けるということがパトロールの中で最も重要なことだと思う。最初の頃は、追い払われたことも何度もあったが、路上の人たちの意見交換会を継続する中で、徐々に自分のことを話してくれるようになり、「自分たちの居場所をつくってほしい」という声を路上生活者の方からいただくようになった。その声を受けて結成したのが「さなぎたち」というNPO。居場所の活動をとおして、夜の姿だけでなく、昼の姿も見ることができるようになり、路上生活者の方の思いを寿町の中で実現していくようになった。

 路上生活者には、アルコール依存症の人、精神障害や知的障害を抱えている人、居場所がなくて路上生活をすることになったという人もおり、彼らが生活できる場所が社会に置かれていないと感じている。
 路上で暮らしている方々が、自分の思っていることを素直に出すことのできる場所が必要、自分の意見を言うことができる場所が居場所なのではないかと思っている。単なる居場所があれば良いという話ではなく、自分の思いを話すこと、自分の生き方を話すことができる場が必要ということ。NPOの活動は資金繰りから難しくなったが、木曜パトロールは続けている。仕事の息抜きで最初は関わっていたが、逆に自分にとって学びになっていた。聴くことで自分自身が変化し、お互いに力をもらう関係がつくられる


高沢 幸男さん

 大学一年生の頃、路上生活者を排除する現場を目撃し、支援の必要性を痛切に感じ、現在は寿支援者交流会事務局長として活動している。当時はバブル景気真っ只中で、上昇志向の高い周りの雰囲気に生き辛さを感じていた。バブル崩壊で将来どうしようかと考えていた際、アルミ缶を集め、コンビニの残飯を活用して生きていた野宿生活者の優しさや強さに救われた。ある野宿者が「なぜ横浜駅で寝ているの?」との私の質問に「線路が故郷に繋がっているからだよ、到着した電車や乗客が故郷の風を運んできてくれる」と言われた時、故郷に繋がる希望として駅に野宿をしているという話が印象的だった。自分らしく生きるために野宿生活をしている方もいる。家賃などのお金に追われず、食事のことだけ考えればよい生活が気楽だという話を聞き、自分らしく生きるための一つの選択だと感じた。野宿生活者は、経済的な貧困だけではなく、人間関係の貧困を抱えているが、路上のコミュティは関係性の貧困を埋める家族機能を持っている。誕生日会やクリスマス会など、記憶の貯蔵機能を持っている。

 野宿とは、究極の自立状態だと考えている。野宿を失敗体験ととらえず、生きる力を信じることが必要。野宿生活者支援の中で、「やり直しができる社会を」「自立を応援する」「なぜ野宿になったか反省が必要」というワードは出さないようにしている。「人権とは非常識なもの」という社会的理解、「非野宿者の側にこそ内省が必要」という社会構造の視点、「自分を路上へ追い出した社会に戻ることを自立と呼べるのか?」という問いが必要。
 路上生活者にはこのままでいいという考えの人が多く、それは社会への不信感でもある。貧困が大衆化した現代社会は生きにくさが増している。貧困の連鎖は文化的な経験等から排除された状態。その中で、路上だからこそのありのままの存在への寛容性、自然な役割分担、豊かなコミュニティがある。

 1997年のグローバリゼーションにより海外に工場が増えた影響で野宿者は増えた。基本的に50歳以上で、年齢と性別に偏りがある。就労と福祉の間の世代が野宿をしているがそれは社会構造によるもの。日雇労働者が野宿者になるというのは誤解であり、野宿でも生活は回っている。自立支援にうんざりし、路上生活者に個人史を聞くようになった。ありのままの喜怒哀楽を聞くことで、物語るべき事実があることに気づき語ることがエンパワメントになる。襲撃被害者が加害中学生の家庭環境に思いを寄せ、一杯のラーメンをつくり「もうするなよ」と返してあげたというエピソードなど、その精神力や魅力に学ぶことができる。生きにくい社会の中で、野宿者の方がくれた温もり、息抜きを大事にしたい。

 
 

グラフィックレコーディングのシェア(前半)

 「グラフィックレコーディング」とは、ミーティングや講演などの内容を、文字とイラストを使って記録する手法のことです。今回、初めての試みでスタッフの鈴木がトライしました。前半の自己紹介後、休憩をはさみ、後半のクロストーク前に共有をしました。



後半 ~ クロストーク ~

 後半のクロストークは、「路上で生きるということ」を理解する~視点として、
  ①その人が抱えている真実や本音を知ること
  ②偏見や差別や不安を生む実情
  ③公共の場所を管理する側の適切性
  ④支援団体や行政との連携
  ⑤雇用状況やコロナ等の社会状況の変化
 が提案されスタートしました。

【近藤】
 世間では本人の努力不足や怠けが原因で路上生活に至っていると思っているが、決してそうではない。企業は経済効率性ばかりを優先し、リーマンショック時のように業績が悪くなれば、労働者をリストラし経営を維持しようとしてきた。その当時は約2万人が路上に出た。家族や友人等の助けが得られなければ、経済的に困窮し、終いには家賃を払えずに路上に出てしまう。そんな社会構造の結果として経済的弱者が生み出されているのだ。路上生活者は経済難民である。

 マンガ喫茶難民やネットカフェ難民もある意味ホームレス状態。ホームレスは元々、形容詞である状態を表す言葉であリ、人を指すことは間違い。社会において人が路上で生活を強いられていることこそが異常事態である。行政や自治体は問題を治安対策にすり替え、市民に対して路上生活者に対する規制という姿勢を示している。この姿勢が子どもまでもが路上生活者に対して暴力的な行為や、排除的な眼差しを持つ要因につながっている。誤った市民意識が路上生活者の排除を助長する。横浜駅地下の路上生活者に対して、近隣の住民から治安対策の対象として追い出してほしいとの連絡があった。社会構造の問題なのに、個人の問題として捉えている。
 また、法的な保護の課題も存在する。経済的な理由で国民健康保険に入れないため、体調が悪くても重篤化し救急搬送されるまで、我慢することになっている。経済的なことが理由で、人が路上で死ぬ社会は間違っている。

【高沢】
 現在、コロナ禍で自殺者が増えている。自殺への考察はメンタルヘルス問題で語られることが多いが、結局個人に焦点が置かれている。資本主義だから格差が生まれるというのではなく、資本主義の課題から経済的な困窮が生まれ、経済的問題によって路上生活者が増えること、その結果メンタルヘルスの課題が生まれることに目を向けなければならない。 

【櫻井】
 実際に、路上生活者にはアルコール依存症の人が多い。また、精神障害や知的障害の人も少なくない。彼らが生活できる場所が社会に置かれていない。路上で暮らしている方々が、自分の思っていることを素直に出すことのできる場所というものがなければならない。自分の意見を言うことができる場所が居場所なのではないか。

【高沢】
 居場所問題は重要だが、簡単な問題ではない。路上コミュニティは、支配的なものもあるし、場づくりができる人がいなくなったら解散してしまうパターンもある。

【櫻井】
 単なる居場所があれば良いという話ではない。既存の環境で生活することができないから、路上にいる。自分の思いを話せる場、自分の生き方を話すことができる場、それを聞いてくれる人がいる場が必要。

【高沢】
 路上生活者の中には路上のまま生活を続けたいという人も多い。それは、自分たちを排除してきた社会への不信感から生じる思いと言える。一方で、路上がベストの選択肢とは思っていない人もいる。

【近藤】
 社会の構造上、一度路上を選択すると少ない選択肢しか残されておらず、やり直しが効かない。「街を綺麗にしようプロジェクト」があると、路上生活者が排除されてしまう。路上にいるという経緯がわかると働く意欲があっても排除され、その繰り返しで本人は疲弊し希望を失ってしまう。そんな人が自分の生き方を考える場が必要である。横浜市は、路上生活者を追い出すことはしないが、苦情を言ってきた市民に対して啓発的な活動は行わず、市民意識は一向に変わらない。路上生活者に対して甘い顔をしてはいけないという意見が度々出てくる。1983年のホームレス襲撃事件こそ学校のカリキュラムで教えるべきこと。人間は元々路上で生活することが適切ではない。


 お話をとおして、「路上で生きるということ」に関わる社会の構造や政策の問題、偏見を生 む市民意識の問題は根深いものであることがわかりました。実践をとおして社会に問い続ける皆さんの活動に参加し現場を理解することも、私たちにできる意識変革の方法だと思います。お話を聴いて参加したいと思われた方は、ことぶき協働スペースがおつなぎします。今後も路上生活者や経済的困窮を抱える方の思いに寄り添い、共に生きる、共生の社会を目指して、私たちにできることを考えていきたいと思います。




グラフィックレコーディングのシェア(後半)

 

 

視聴者からいただいた質問に対して

 今回の配信イベントでは、事前にいただいたものやYouTube上に来たコメントなど、質問が多数届きました。トークセッション後に、ゲストのお三方にそれぞれお答えいただいていますので、ご紹介いたします。

木曜パトロールの集合時間・場所、終了時間、回る場所、参加可能な具体的な行動は?
◆集合時間:20時
◆集合場所:寿町のバプテスト教会前
◆終了時間:21時
 ※3月までは毎週木曜日、4月からは第2・第4木曜日。
◆回る場所:関内駅通路、スタジアムの2グループに分かれて回る。
◆参加内容:路上にいる方に会いに行く、声をかける、配布するものの運搬手伝いなど、現場でそれぞれの思いで活動する。

駅の話で気になったが、どこの出身の人が多いか。
関西、東北などいろんなところから事情があって来られているので特定できない。生活が破綻しているために、路上で生活せざるを得ない状況になっている。

海外の路上生活者について
海外では、家族単位での路上生活者が多い。日本は単身の男性が多い。外国人や女性は、路上に出ていないことが多い。満喫やネットカフェで泊まり歩いている人も、路上生活者の1種だが、カウントされていない。

ネットカフェ難民について
ネットカフェや漫画喫茶で夜を過ごした人を、政府や自治体はホームレスとしてカウントしていない。路上に居る人のみをホームレスとしてカウントしていることが問題である。本来は、路上だけでなく住居を失っている全ての人を含めて実態を把握すべき。

コロナ禍での影響について
路上生活者は増えていない。家賃を払うことが難しい人は増えている。

路上のコミュニティの持つ力をアパートや施設に入居しても再現できるか。できなければ野宿の方が人間らしい生活だということになるか。今現在も野宿者のコミュニティは維持されているか。20年前を現在とで野宿に至る方の職歴に違いがあるか。
今は面倒見のある野宿者がいない、先輩がいない、前は新入りには教えてあげたりする人がいたけれど。場づくり師が引退した。路上では精神力が必要とされるので、若い人には厳しい。精神的な緊張がずっと続くことに耐えられないし、襲撃もある。それに耐えるのは大変なこと。女性だって、何されるか分からないのに路上に寝られない、だからどれだけ困っていても、路上で暮らすことはできない、追い詰められて自殺する人もいる。女性は生活保護を得ても寿町で暮らすのは嫌だと言う、女性のための簡易宿泊所がない。

路上生活者に対して行政では安い宿泊所などを提供、紹介する等に支援をしていると思うが、路上生活者の方々はそれをどのように思っているか。
野宿のおっちゃんは現役引退すると元気なくなっちゃう。生活保護になると元気なくなる、でも場づくり師として死ねたかというとそれはそれで難しい。

週1回の炊き出しを今日まで続けてこられた原動力はなにか。
いつか必要のなくなる日を目指すこと

何か寄付をするとき、みんなに同じ物が行き渡るように揃えるのが難しいが、半端に洋服などを送るよりは現金の方がいいか。
これだけで申し訳ないなんて思わなくていい、どんなものでも欲しがっている人はいるから、誰かのためにはなる、必要な人には渡せる。

野宿者が一番多かった2003年頃と現在とで寿町にはどんな変化があるか。
30年前はたくさん魅力的な人がいた、現代は社会の方が不寛容になっている。特効薬はない、地道にやるしかない。仲間を増やして、その人が周りの人に伝えていく。地域の矛盾は地域が変えていく、寿町に来なくていい、地位の人同士で矛盾解決すればいい。

コロナの影響はまちにあるか。あればどんな風にあったのか知りたい。コロナ以降の住民との関わりの変化があれば教えてほしい。
寿地区内部から発生しにくいが、一旦発生すると高齢者が多く三密を避けられない環境にあるため、外部から入る介護事業者や活動者が感染対策に気を配っている。住民医療者と介護事業者と簡易宿泊所管理者が連携して寿コロナ感染対策ZOOM会議を月2回開催している。住民へのマスク着用啓発キャンペーンや、寄付品であるマスクやハンドソープなどの配布をとおして継続した啓発活動を行っている。

 
 
 

視聴者の感想

YouTube視聴者からの感想を一部ご紹介いたします。

まさにNIMBY(Not in my backyard)ですね。

横浜ひだまり居場所ができているが、有れば良いわけではないと言うのは、本当に本心からうなづけます。支援をするとは大変なことですね 行政が画一的なサポートしかできないのは、制度ありき箱ありきであるから、と、思います。タコ飯場、閉鎖病棟、本当に恐怖です。市民が活動として地道に共に歩むためには、どうしていくべきか?考えさせられますし、簡単なことじゃないと再認しました。ありがとうございますm(_)m

 
 
 

ゲストの感想

私たちの強み、続けられる原動力は現場の肉声を聞いていること。それ自体が解決に向かわなくとも、字面だけでは判断できない表情や声音を感じること。課題と共に生きているということを肯定すること。

変えよう、良くしようとするのではない、変えようとする支援者もいるけれど、そういう人はその人が見ていられないんだと思う。僕たちに人を変えられる力なんてない。

寿に来なきゃ分からないっていうのは間違ってる。焦らないことが大事。

「私は何もできないんですけど」っていう人いるけど、そういう人には「その気持ちを思い続けてください」と話す。そしてどうにもならないなって思ったら友達を誘って声をかけてみればいい、人が行動するタイミングは人それぞれだから自分のタイミングで良い、関わり続ければいい、思い続ければいい。

自分のために一生懸命頑張ってくれる人がいるだけで救われる人がいる、自分のことを考えてくれる人がいる。失敗したから駄目だったわけではない、その人たちの肉声を聞いて寄り添ってきたっていうのが自分の財産になる、考え方が変わる。自分一人で抱え込まないことが共生社会。

  
 

以上が、2/27のトークセッションのご報告です。
この配信の様子は、YouTubeに保存されていますので、いつでもご覧いただけます。
→ 2/27の配信内容
 
 

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