【インタビュー】寿地区で働く女性にお話を聴かせていただきました ~土屋洋子さん(ことぶき共同診療所)~

     

男性が多い寿地区。ですが、働いている人々は女性が多い印象を受けます。福祉のまちと呼ばれるようになった現在では訪問介護員、飲食店やスーパーの店員、病院や福祉作業所や公共施設の職員などさまざまな人々が働いておられます。寿地区で働く女性たちに話を聴くことで、新たな視点で見えてくる“寿のまち”があるのではないか?女性の視点から語られることが少ないこのまちで根を張り、時に厳しく時に温かく地道に関係性を築き上げている女性たちを皆さんにご紹介したいと思います。

       


 ことぶき共同診療所で医師をしている土屋 洋子(つちや ひろこ)さんにお話を伺いました。土屋さんは医師として約14年前から寿のまちの医療に携わってこられた方です。

     

    

 ―――働き始めたきっかけは何ですか?

 知り合いに誘われて、2007年の越冬(年末年始に行われる炊き出しや夜回りパトロール等)に参加した際に初めて寿町を訪れ、その年の10月から働き始めました。
 診療所を初めて訪ねた時は見学のつもりだったのですが、当時の院長である田中俊夫さんと話していると、「いつから出勤できますか?」といつのまにか働くことが決まってしまいました。
 翌年2008年4月から一年間タイに住んで、熱帯医学の勉強とボランティアをし、帰国後の 2009年の4月から改めて働き始め、現在に至ります。
それ以前は地元の精神科の病院に勤務したり、東京の病院で勤務していました。

    

     

 ―――越冬に参加した感想はいかがでしたか?

 衝撃を受けましたね、異文化というか、ここは日本っぽくないなと思いました。
 14年前の寿のまちは今の雰囲気とは少し違っていましたが、私自身が地元の病院で接していた精神疾患の患者さんたちを思い出さずにはいられませんでした。
 炊き出しの列の中に同じような症状の人がいるのです、あの人は○○さんと同じような症状だな、って思いました。ですが寿町では皆さん外を自由に歩きまわっていて、地元の患者さんは閉鎖病棟の中で過ごす方が多かったですから、その環境の違いにインパクトを受けました。どちらの環境が良いとか悪いとかは比べられるものではありませんが、とても驚いたのを覚えています。
 寿町の住人の人達を可哀想とか問題がある人たちとは思わなくて、その人たちがより自由にやっているという面白さを感じました。

    

     

―――タイでの印象に残っているエピソードがあれば教えてください

 タイで活動していた病院は病院全体がひとつの村のような雰囲気でした。病院の敷地内にも精神疾患を持っている方が住み着いて居て、村人全体で見守っている感じだったのですが、あるアメリカ人医師が「この人には治療が必要だ!」とほぼ独断で抗精神病薬を注射してしまいました。
 体に傷があれば手当てするのは全世界共通ですが、メンタルヘルスをどうとらえるか、精神疾患がある方をどうケアしていくのかは、地域や文化によってすごく差があるのです。外部から来た者が強制的な治療という自分たちのやり方を押し付けることは問題があるのではないか?と疑問に感じ、そのアメリカ人医師と話し合いの場を設けましたが、結局最後まで上手くかみ合いませんでした。
 地域のリーダーたちがきちんとコミュニティの事を考えながら治療について判断し、その結果が強制的な抗精神薬の投与だったら納得できたのですが…。よそ者である私たちがやっている事は、実はとても暴力的なことかもしれないと気付かされた出来事でもありました。

   

    

―――その経験が現在に繋がっていることはありますか?

 タイでの経験から海外で働くことのむずかしさも感じ、日本にいる他国籍の方へのボランティアや診療を行うようになりました。
 援助する側、される側には少なからず上下があって、医者と患者の関係もそうですが、医者が言ったことは強制力を伴いかねない。医者はもちろん選択に責任を負っていますが、責任を負っているのだから良いという事ではありませんし、自分の判断が本当に患者さん本人の為になっているかどうか、というのは考えさせられます。

    

     

―――孤独についてどう感じますか?

 患者さんから、「一ヵ月の中で出掛けるのはことぶき共同診療所くらい、話す相手は土屋先生だけだった」と言われたりすると、やはり孤独なのだろうなと思います。
 地元の患者さんの中には大家族で住んでいるけれども孤独な人もいました。閉鎖的な雰囲気の中で家族がいても孤独な人と、自由だけど周りに家族もおらず独りで孤独な人。孤独の種類が違うだけで、それぞれの孤独があるように思います。

    

     

―――女性として配慮していることはありますか?

 女性として特に配慮した、と感じてきたことはあまりないです。ですが、特に暴力に触れたときに性差について色々と思うことはありました。このまちでは暴力があることは日常茶飯事で「寿町だからふつう」のことでした。そんなことで怖がっていたらこのまちで働くことはできない、と私自身が勝手に思い込んでいたこともあり、女ということで周囲から甘く見られたくないという気持ちもどこかにあったように思います。
 ですが、誰かを脅すために身に付けた暴力は、相手の怖がらせ方をよく把握しており、どう声を出しどうふるまえば怖がるのかを学習している、という事でもあります。だとすれば、私が怖いと反応してしまうことはある意味当たり前ですし、怖がってもいいかな、と思えるようになりました。

     

    

―――診療所での印象深い出来事はありますか?

 特に患者さんと「サヨナラ」する時のことはいくつか印象に残っていいます。
 最期はどうしたいか?どう過ごしたいか?どうしてあげたらいいか?と色々悩みますし、入院させるかどうかの判断は難しいです。一度、ほぼ寝たきり状態のがんの末期の患者さんで、某デパートでセーターが買いたいと言い出した方がいて、スタッフ数人でデパートまで行きました。デパートの店員さんも協力的でしたが、何より、診療所のスタッフが「じゃあ、とりあえずやってみよう!」と乗ってくれたのには助けられました。
 その方はなかば気を失いそうになりながらも無事にセーターを購入出来て嬉しそうだった、そのお顔を今も覚えています。

    

     

 今では、「治療しなきゃ!治してあげなければ!」という気持ちより、少し放っておいて何となく見守ることができるような気持ちになってきました、と語られた土屋さん。事前に質問事項をお伝えできていなかった為、その都度考えてくださり、言葉を選びながら真剣に答えてくださったのですが、一つ一つの質問に、ご自身の経験を掘り起こしその考えに至った経緯を丁寧に思い出されているようで、土屋さんの誠実なお人柄を感じた時間となりました。
 心地良い日差しの中で、私自身も自分の経験と照らし合わせながら土屋さんのインタビューを楽しませていただきました、ありがとうございました。